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今回ご紹介するのは、関東地方に残る尋常小学校分教場の廃校になります。

尋常小学校とは、明治維新から第二次世界大戦勃発前までの
時代に存在した初等教育機関の名称。

ここの分教場は1874(明治7)年、全国的にみてもきわめて早い時期に
開校した小学校で、1967(昭和42)年に廃校となるまで
約90年の長きにわたって郷土の多くの人々を育んでいたのです。

こちらのピンクの建物は今でも公民館として使われているのか
施錠もしっかりとされており内部を確認することも出来ませんでした。

廃校から既に40年以上もの月日が経ってしまっている為に
残念ながら校舎の状態は悪いのですが、
校舎の保存活動は行われているようです。

城西大学創立者であり、大蔵大臣を数度に渡って務め、
戦後日本の代表的な財政家である水田三喜男氏の母校でもある。

水田三喜男氏の話によると
本校のある村の中央までは遠い(6kmほど)ので、
低学年の児童は本校に通う事ができず、
4年生までは分教場で授業を受ける事になっていました。

1年から4年までの40人に満たない児童が
1つの教室で1人の先生に教わっていたようです。(明治末)

桜の苗・傘・地球儀・ボール・火鉢などの寄贈品が記された木札。


4年生までの皆で授業を受けていた教室の中も
現在では椅子のみが当時の唯一の痕跡。



教室からは校庭脇に植えられたイチョウの木が見えます。
秋の紅葉の時期には綺麗なイチョウが見れそうなので
その頃にまた再訪してみたいものです。




今回は4、5年ぶりの再訪。
ガラスもなく雨風が吹き込んできてしまう状態ではありますが、
以前と比べてもそれほど崩壊具合が進んでいなかったのは何よりです。
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そうだ、廃校へ行こう!
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